1989年鈴鹿でのF1日本グランプリのセナとプロストのクラッシュ

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予選では、セナに1秒以上の差をつけられ2位になる。プロストはウィングを若干寝かせストレートでのスピードを伸ばすセッティング変更を、ダミーグリッド上で決断する(本人は日曜午前のフリー走行で決めたと語っている)。 決勝レースでは、スタートでセナの前に出たプロストは、セナがコーナーで接近しても直線で引き離す、という展開が続く。このような状態が47周目まで続いたが、この周回の最終コーナー手前のシケイン、イン側に寄せて追い抜こうとしたセナと、アウトからコーナーにアプローチしたプロストが接触。両者は並んでコース上に停止し、即座に車を降りたプロストは、コントロールタワーへ向かい、接触の原因はセナの無謀な追い越しにあると非難した。一方コースに復帰しトップでチェッカーを受けたセナは、レース後の再裁定でコース復帰時のシケイン不通過を理由に失格となった。その後多くのドライバーから「シケインを通過できなかったとき、マシンをUターンさせコースに戻るのは危険であり、エスケープから安全にコースに復帰したセナの行為を危険と見なすのはおかしい。」という抗議がなされたため、セナの失格の理由は「押しがけ」(これは元々レギュレーションで禁止されている)に変更された。 最初から押しがけを失格理由にしなかったのは、それに加担したマーシャルの管理責任を問われることを恐れたためである。この接触によりチャンピオンが決定したこともあり、プロストとセナのどちらが悪いかでメディアやファンの間で論争が続いたが、FIAのF1公式サイトでは、プロストの故意によるものだとされている。

Originally posted 2015-11-11 19:07:17.

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